なまはげ

提言・意見・寄稿

「職業教育と人材育成」~スイスのデュアルシステムから学ぶこと~

この度、秋田県立由利工業高校校長の夏井博実氏から、スイスにおける産業教育に関する現地調査状況報告とご感想をいただいております。由利工業高校は国内でも数校しかない、工業高校における航空機課程を設けており、その特徴ある取り組みは、同氏より紹介されております(1)。

秋田県は既にご案内のように航空機産業育成にも力を入れており(2)、上記由利工業高校の航空機課程設置もこの方向に沿ったものです。本報告は、将来の日本の産業教育のあり様に参考になるものと確信しております。

参考文献

  1. 夏井博実、「特色ある学校『航空機を題材に、ものづくりの基礎から応用・発展へー次世代の地域産業を牽引し世界と競い合える人財育成―』」、工業教育資料388、実教出版、2019年11月発行
  2. 例えば、秋田県、第2期ふるさと秋田元気創造プラン、平成26年3月 及び 秋田県、第3期ふるさと秋田元気創造プラン、平成30年3月

グローカル政経総研   佐藤幸徳

 


著者紹介


著者名:夏井博実(なついひろみ)
現職:秋田県立由利工業高等学校校長

勤務歴:

・S59.4.1 ~男鹿工業高校  ・H02.4.1 ~秋田工業高校  ・H08.4.1 ~由利工業・H23.4.1 ~総合教育センター ・H26.4.1 ~小坂高等学校(教頭) ・H28.4.1 ~秋田工業高校(第1教頭) ・H29.4.1 ~由利工業高校(校長)

主な実績:

  • 平成12年「秋田東高校改築計画」に関わる。(ブロックプラン作成)
  • 平成15年「由利高校校舎改築基本構想検討会」委員
  • 平成17年「矢島高校校舎改築基本構想検討会」委員
  • 平成21年教科書「建築施工」(実教出版㈱)の『校閲』を行う。
  • 平成26年度第六次秋田県高等学校総合整備計画実施協議会委員
  • 平成28年度第七次秋田県高等学校総合整備計画実施協議会委員

モットー :

何事にも積極的に取組み、全体のバランスを考えながら、物事を判断し実行する。従来の形にとらわれず、“見直し”や“改善する”ことを常に心掛け、令和の時代を生き抜き、世界のものづくり産業で競い合える人財育成に向け、工業高校の在り方を再考しものづくり王国復活を夢見ている。

性格・行動:

朗らかで、気さくな性格である。エビデンス資料、エビデンスベースが基本。

本文

「職業教育と人材育成」~スイスのデュアルシステムから学ぶこと~

秋田県立由利工業高等学校
校長 夏井博実

<はじめに>

2018年11月4日から10日までの7日間、公益社団法人産業教育振興中央会主催の「教員海外産業教育事情研修」でスイスチューリッヒを訪問しました。この研修は、全国の農工商家庭水産福祉の専門教科教員が海外研修を通して産業教育の充実に寄与することを目的としたもので、全国から9名が参加しました。研修はスイスの職業教育制度の中核を成すデュアルシステム(学術的教育と職業教育を同時に進めるシステム)について理解を深めることにしました。

<スイスの教育制度概観>

スイスでは、6歳から7歳のほとんどの生徒が、1~2年間の幼児教育後に小学校に入学します。スイスの学校教育は、全国に26あるカントン(州/準州)が所管するため、一つの国に26の異なる教育制度があります。義務教育機関や学制についても州ごとに異なります。一般の生徒は普通中学校に進学し、小学校での成績が非常に良い生徒向けに高等学校準備コースが設けられています。一方で、勉強が非常に不得意な生徒向けには実務中学校と呼ばれる職業訓練に進むことを前提とした前期中等教育機関を設けている州もあります。大別すると、中学校または実務中学校を卒業した生徒の2割は、大学進学(university college)を目的とするギムナジウム(Gymnasium)と呼ばれる普通高等学校に進学するが、大多数は、2~4年間の見習い訓練を含む職業訓練学校か、または中等職業専門学校の何れかに進学することになります。職業訓練学校と中等職業専門学校では入学後ただちに職業選択準備が始まり、それぞれの職業内容に沿った授業を行い、保護者と職業カウンセラーを交えて進路を決定していきます。

<職業教育の中核であるデュアルシステム>

後期中等教育段階の職業教育は、職業訓練学校で行う見習い訓練(デュアルシステム)、中等職業専門校でおこなわれる教育の二つの形態に分類することができます。職業教育の大部分を占めるのはデュアルシステムで、ほぼ全職業分野で訓練形態の核となっています。義務教育終了後、職業の道を進むことを選んだ生徒は、希望の職種を決めなければなりません。職種を選んだ後に、訓練席の確保、訓練契約と進むがこれには一定の時間を要します。中学校卒業の2年前から職業に関するガイダンスが始まり、保護者会、懇談会、個人訪問などを通じて職業選択が行われていきます。 また学校外では、公私によって運営される職業カウンセリングが、職業選択や継続教育に関する支援を幅広く行っています。連邦の規定により、各カントンには職業教育行政部門が存在しており、職業訓練に関する情報の提供や指導者コースの開催などを取り仕切っています。様々な情報を通して進路を決定した生徒は、希望の職種を扱う事業体に願書を提出します。この時期が大体、卒業から1年前となります。訓練期間は職種に応じて3年から4年におよび、事業所における実習と職業訓練学校での座学から成っています。課程修了時には見習い訓練先企業及び学校の両方で試験が行われ、この試験に合格すると連邦能力取得証明書(EFZ:Eidgenossische Fahigkeitszeugnis) 及び成績表、ならびに訓練期間中の職務証明書(Arbeitszeugnis)が授与されます。

<まとめ>

スイスの人口852万人、資源に乏しい小国スイスの内需を支え得る人材育成は国の最重要課題である。そのために、国内企業が教育界と協力して職業訓練の仕組みづくりに取り組み確固とした職業訓練制度が確立しています。

訪問したライスハウア-社(REISHAUER、世界屈指の歯車創成研削盤メーカー)のレイモンド(Raymond)氏によれば、見習い訓練(デュアルシステム)の4年間は約600CHF(約7~8万円)の月給を支払い、5年目で正社員になれば、月給は一気に5000CHF以上、10000CHF(約120万円)を越える20歳代の職人も珍しくないといいます。その為、技術・技能の向上も早く、見習い訓練2年目位から一部会社の製品を任せられるようになるため、売り上げが訓練費用を上回るといいます。加えて見習い訓練生が正社員として就職する割合は90%以上であり、ものづくり企業の人材確保としてデュアルシステムが十分に機能していることが分かりました。

それぞれの職業は、社会で必要なものであり、職業に携わる人々が仕事にプライドを持ち社会を構成しています。職業による格差はないことを、スイス全体で社会認知され文化となっています。そして、このシステムは、古くはギルドの時代から続いているといいます。変化の激しい、予測が出来にくい時代においても、人々が尊重し合いながら社会を生き抜いていることに、感銘しました。

現在の日本はどうでしょうか。教育制度的に大学進学が本系とされ、高校時代に職業的実践的学習で身に付けた技術・技能を持つ人材は傍系と認知されているのではないでしょうか。更に一般社会では、ものづくり産業への評価は決して高いとはいえないと感じています。中学生の高校選択においても、専門高校へ高い志と興味・関心を持って受験する生徒が少ない状況があります。

何時の時代であっても、私達が社会生活を維持していくために必要なローテク(基盤)産業は、必須なものであります。殊更、近年の気候変動がもたらす異常気象は、経験したことのない大きな自然災害をもたらしています。その災害で傷つけられたインフラ等の早期復旧・復興を担っているのは、紛れもなく専門高校を卒業し地域産業を支え、地域を維持している地元の若者達であることを忘れてはいけないのです。地域によっては、人材不足で災害復旧が遅れ、なかなか元の生活に戻れなかったり、様々な産業に甚大な影響を与えています。

更に地方では、少子高齢化が加速度的に進み高等学校の統合・再編が促進され、専門高校が激減すると同時に人材育成ができない状況になりつつあります。企業からは就業者確保の点で、生徒急減期を迎え普職(普通高校と専門高校)の割合、学びの在り方等今後の我が国の基幹産業や産業構造を考慮した教育行政の在り方を問う声が出ています。令和の時代に於いて、職業的実践的学習で身に付けた技術・技能を持つ人材の安定した雇用確保に向け、教育制度や環境整備の在り方等について早期に問い直すことが今、求められているのではないでしょうか。

以上